在宅医療の不安を物語る認知症患者による鉄道事故、判決結果

在宅医療の不安を物語る認知症患者による鉄道事故、判決結果

「2024年までに医師数を30万人に増強すれば需要と供給のバランスが調和する」という試算が存在します。
しかし、現状としては約167,064人に留まっており、特に地方における医師不足は非常に深刻です。

日本で最も人口比率の高い団塊の世代が後期高齢者となる2025年、認知症患者は700万人から1,300万人にまで膨れ上がると想定され、地域医療構想の強力な推進と、家庭における介護をサポートする枠組みの強化が急がれます。
医療施設だけでは到底増え続ける患者をすべてカバーすることはできません。

医療の専門家ではない家族の手で適切なケアを施し、同時に家族の人間らしい生活を守るためにはまだまだ厚い壁が立ちはだかっていると考えていいでしょう。
2007年12月7日に起きた認知症患者による鉄道事故の裁判が2016年3月1日に結審しました。

この結果から、介護の実態と社会体制の乖離を読み解きます。

裁判の推移と「逆転判決」の詳細について

事件の概要は以下の通りです。

基本データ
2007年12月7日に要介護度4と認定された認知症患者が東海道本線共和駅にて線路内に立ち入り、列車に撥ねられた。
認知症患者は死亡し、2010年にJR東海が当時の振替輸送などに伴う損害について訴訟を起こした

損害賠償請求対象は認知症患者の遺族、妻および長男の2人であり、額面は約720万円
名古屋地裁による一審結果:患者家族に対して全額支払い命令の判決

名古屋高裁による二審結果:妻のみに損害賠償責任を認め、請求額は半額に減額
最高裁による最終結果:妻による監督義務者性を否定、損害賠償責任を認めず

JR東海の立場としては、妻および長男には家族を介護し監督する義務責任があり、これを怠ったために事故が起きたとしていました。
一審、二審ともに家族の「監督義務者性」を認めて家族に損害賠償の支払いを命じましたが、この家族においては介護そのものが難しかった実態が最終判決につながったようです。
というのも、長男は同居しておらず、同居の妻は介護度1の認定を受けた「要介護者」でした。認知症高齢者自立度Ⅳと認定された同患者に対する介護能力が十分だったとは考えられません。

最高裁は、患者家族の保持する認知症患者介護能力を鑑みて、監督義務者性の否定、および損害賠償責任の否定に至った次第です。

これからの介護を考える

これからの介護を考える

この事件は地域医療構想を推し進める上で、社会全体が見過ごしにしようとしていた要素を浮き彫りにしました。

患者の病態が十人十色ならば、家族の健康状態や年齢などといった条件もまたバラバラです。
今回と同じような裁判が興されたとしても、家族の有するキャパシティが違えば損害賠償責任が認められるケースもあるでしょう。
しかしながら、一律的に家族へ患者の介護負担を押し付ける危険性について考えなければならないことを、今回の判決は克明に物語っています。

夫婦の一方が自立生活能力を喪失した時に家族にどれだけのケアを任せられるのか。
また、ケースバイケースで社会福祉の領域からどれだけの手助けが必要とされているのか。

より実態に即して判定し、家族による介護を継続可能とするだけの補助をプランニングできなければ、今以上の地域医療構想の進捗は望めません。
医療の担い手である医師拡充とともに、介護のあり方について、行政、立法、社会が三位一体となってどのように現状を改革できるのか。

この検討に多大な影響をもたらす厚生労働省による「認知症施策推進総合戦略」の変遷に注意しつつ、社会の動向を見守って行きたいところです。

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